呟かれた声と言葉に安堵して、瞼を閉じた。
それはまるで、魔法のよう。











Enchant












いつも通り仕事のない二人は寒空の下街頭でいつものようにビラを配り、昼過ぎにHONKY TONKでいつものようにツケで昼食を摂っていた。
「…ごちそうさま。」
テーブルでいつも通りガツガツと昼食を流し込んでいる銀次とは反対に、蛮が行儀よく手を合わせた。普段はそれ程表に出ないが蛮はマナーについて少し煩い。
小さく呟いた蛮に銀次が怪訝そうに箸を止めた。目の前の人の皿の上の物は半分も減っていない。
「蛮ちゃん、どうしたの?」
出されたものは食いたげろ、が信条の蛮にはまず有り得ない光景。
「…食欲がねーんだよ。食いたいならオメーが食え。」
やる、と手を振る蛮の顔が赤い。これは、もしかして。
銀次がイスからテーブルへと身を乗り出し、蛮の額に手を伸ばす。
触れた額の熱さに銀次が眉を歪めた。

「蛮ちゃん、熱がある。」



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蛮が熱を出したと分かった後の銀次の行動は常の彼らしくない迅速さがあった。
とりあえず食事を中断し、波児に事情を説明して二階のベッドへと蛮を運ぶ。
渋る蛮を強行に押し切って体温を測らすと、案の定体温は38度8分という高熱。
おまけに咳と悪寒と来ては、…完全に風邪を引いていた。

すー、と静かな寝息を聞いて銀次は安堵の溜息を付いた。
原因は勿論、ベッドで眠るその人で。
蛮の体の事を考えるとあまり使いたくはなかった解熱剤だが、いかせん熱が高いので仕方なくそれを飲ませた。それが効いたのか蛮の体温は微熱を呼ばれる所まで下がりはしたのだ。

銀次は風邪にかかった事はない。そもそも病気と呼ばれるもの事体になった事がないのだ。
体が取り柄の銀次だから風邪なんて引きはしないし、万一罹っても自分で言うのも間抜けだが、コンセントがあれば大丈夫な気がする。
だから、病気になった時の気持ちなんて分からないのだけれど。
病気の時は一人で居るのが寂しいのだと聞いた事があった。だから、銀次はずっと彼のそばに居る――蛮の手を握って。
額においている濡れタオルが温まった為、銀次はイスから立ち上がり、蛮の額にあるそれを蛮が目を覚まさないようにそっと取りあげて階下に行こうとした。
が、立ち上がった銀次の気配に気付いたのか、蛮がすっと手を伸ばす。
手は銀次の服の裾をしっかりと掴んでいて。
「…蛮ちゃん?」
驚いた銀次に答えるようにうっすらと蛮の瞳が開いた。
「……―――座ってろ。」
辛うじて音となっていたその呟きに、銀次はすとんと逆戻りにイスに座った。
風邪を引くと心細くなると、知ってはいたけれど普段滅多にこういう事を言わない蛮の言葉に不謹慎だけど嬉しく思う。が、手元のタオルもその蛮のために換えなければいけなくて。

「蛮ちゃん。」
母親が子供にするようにそっと蛮の胸の上辺りを布団の上から軽く叩く。
ぽん、ぽん、と一定のリズムで叩かれるそれに安心したように蛮が瞳を閉じた。

「大丈夫だよ。オレはココに居るから。」

優しく呟かれる言葉と声は、魔法のように蛮の体の力を抜かせて行って。
額にそっと当てられて唇、それを意識の端で察知したのを最後に、蛮は今度こそ深い眠りについた。














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お題消化?
別バージョンも考えたあるんですけど、それはまた今度。
初めに風邪を引くのは銀ちゃんだったんですけど、鼻コンセントで治りそうだったので急遽蛮ちゃんに変更。…これでいいのだろうか。
こんなのでごめんなさい…。何だか文章が滅茶苦茶ですね。ですが(?)健ちゃんに奉げます。