春になり始めた時期、三月の始まり頃に蛮はふらりと居なくなる。
その日も蛮は銀次をHONKY TONKに残し、ふらりと車に乗って姿を消した。











海の見える丘













「ねー、波児さん。」
銀次がHONKY TONKのマスターに声をかける。
カウンターに頬を付けてコーヒーから出る湯気を眺める姿からは寂しさが滲み出ていた。
「蛮ちゃん、どこ行ったの?」
「…聞いてないのか?」
少々意外そうにカウンター内の波児が答える。
それに、銀次の周辺の雰囲気がさらに暗くなった。
「何だか、蛮ちゃんに聞けるような感じじゃなかったから。」
なるほど、と波児が頷く。蛮にしてみれば、きっとそれは無意識なのだろうと銀次よりも蛮との付き合いの長い波児は理解した。
無意識に、触れられることを拒んでいる。
そして、殊のほか相棒の心の機微に聡い銀次は直感で触れてはならないと分かっているのだろう。
妙な所で器用貧乏な2人に思わず溜息が出た。

「俺からは言えないから、蛮に直接聞いてみろ。」
確かに銀次に哀れみは感じるが、蛮の報復はそれよりも遠慮したいもので。
波児の言葉を受けて、うん…と銀次は力なく頷いた。





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「よぉ。」
爽やかな潮風が蛮の髪を揺らす。声をかけ、見下ろす先には一つの墓標。
工藤 邪馬人、その人のものだった。
右手に下げていた花を墓前に供える。彼岸に派手な花を墓前に供えるのもどうかと思ったが、生前の邪馬人の趣味になるべく合わせてやろう。そう蛮は考えていたから、毎年この時期になると鮮やかな花を贈る。
卑弥呼に文句を言われたことはないから、まぁ黙認しているという所か。そう考えて蛮が小さく笑った。
古傷と呼ぶには新しい彼の記憶。
蛮に暖かい世界を見せてくれた初めての人間だったのだ、邪馬人は。
邪馬人が居なくなった翌年は、墓に行く途中で断念した。感情が纏まっていなかった上にとてもじゃないが自分が墓参りなどする事は出来ないと思ったから。
初めて蛮がココまできたときはもう銀次とコンビを組んだ後だった。

ふ、と蛮が小さく笑う。
ここまで来てあいつの事考えるなんて、重傷だな。
軽い苦笑で思考を流し、蛮は屈んで墓標に目を合わせた。
死んだ人間にかける言葉なんて知らない。
自分はキリスト教徒でもなければ、勿論仏教徒でもない。縋れる神など居ない。
だから、こんな時どうすればいいかなんて勿論知らなくて。
知識としてこういう時どんな事をすればいいかは知っていても、蛮はそれを行動に移すつもりは毛頭無かった。だから、彼岸に墓参りなんて自分らしくない事をしているのはきっと気まぐれだ。

「俺は、元気にやってるよ。勿論卑弥呼も。」

ポツリと零れた言葉は、海から強く吹く風に掻き消された。
す、と立ち上がって目を瞑る。言いたい事はきっと沢山ある。
だが、墓標を前にするとそんな事はどうでも良いように思えた。

「また、来るから。」


今度は、あいつを連れて。


だから、多分言葉はコレだけで良い。
言葉と共に蛮の顔には笑みが浮かび、そのまま背を向けて歩き出した。




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「蛮ちゃんっ!!」
HONKY TONKの扉を開けた途端飛びついてくる大型犬が一匹。
「おう。」
それを片手で引き剥がしてカウンターに座る。いつも通りブルマンを注文するといつも通りつけの清算の要求が返ってきた。
それにいつも通りまた今度な、と返すとカウンター内から恨めしそうな返事が返ってきた。それを、敢えて聞いてないフリをして。

ゆっくりと流れる時間に目を細めた蛮の隣の席に銀次が座る。
「ねぇ、蛮ちゃん。」
呼びかけに、ん?と視線だけを寄越し蛮は先を促す。
それに少々銀次が迷うような間があって、

「ドコ、行ってたの?」

漸く紡ぎだされた問は蛮にとっての予想の範疇。

「さて、どこでしょう。」

だから、答えは模範解答を。
にこりと珍しく素直に笑う蛮を銀次は真っ直ぐに見てしまい顔を真っ赤に染めた。何かを言おうとしているのか、口をパクパクさせる銀次を見て蛮がさらに笑みを深める。

――――面白れぇ。
これだから銀次はからかい甲斐がある。

「蛮ちゃんっ!!」
楽しそうに銀次を観察している蛮に気付いて銀次も復活して、諭すように声を上げる。
「オレ、真剣に聞いてるのに…」
肩を落として沈む銀次にやりすぎたか。と少々反省して、お詫びって訳じゃねぇけど。そう心中で呟く。
「…また、今度連れてってやるよ。」
だから、

「答えはその時だ。」

分かったか?そう首を傾げる蛮に何故か先程よりも顔を赤く染めて、銀次がコクコクと頷いた。



銀次を墓参りに連れて行かない、自分の行っている先を知らせない事の原因である子供っぽい独占欲に蛮は隣の銀次に気付かれないように、小さく笑う。
代わり、と言うわけではなのだけれど、胸の中で呟いた。









なぁ、邪馬人。

こいつを紹介するのはもう少し後でもいいだろう?























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分かりにくい小説でごめんなさい。
文章のことをあまり考えておらず、と言うか散文?
とりあえず蛮ちゃんは銀ちゃんを邪馬人さんにまだ見せてくないって事です(何)
そんな事してたら、邪馬人さんに枕元に立たれるぞ、蛮ちゃん(笑)