しとしとと雨が降る。
地上に下りてくる雨は、音も立てずに地面に吸い込まれていった。
夕方から降り始めたそれは数時間前に太陽が姿を消した今、道のいたるところに水溜りを作り、窓を静かにたたく。小さなそれは窓に付くと他の滴と合わさってすぐに流れとなり滑り落ちていった。
窓に隣接して、ベッドがあった。明かりもつけずに暗い部屋のベッドの上、白い塊が膝を抱えて立てた膝の間に顔を埋めていた。
壁に凭れ込むようにして力なく座り込んでいる姿。
その姿を扉の奥から見て、アルフォンスは溜息を付いた。
原因は分かっている。ただ、原因が分かるかと言って慰め方が分かると言うものでもなく。どうしようもないそれに、アルフォンスは遣る瀬無くなった。

アルフォンスが顔を俯かせる。目を下ろすとそこには冷たい大きな手が写った。
この手は、エドワードを慰める事は出来ない。


だけど、復活する為の手伝いくらい、してもいいよね?


言葉は、凭れ掛かっている扉の向こうにむかって音もなく唱えられた。









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暗い室内に、無機質な音が響く。
先程まで振りつづけていた雨は上がり、厚い雲の合間からは点々と輝く星が姿を見せていた。
窓辺に寄りかかって、小さなランプだけを頼りに書類の文字を目で追っていたロイは眉を小さく歪めると受話器に手を伸ばした。
「…もしもし?」
掛かってきた電話は、プライベート用のもので番号を知る者は限られている。
夜中も近いこの時間に一体何の用だと、言外に忍ばせた思いは、受話器越しに伝わる声に一気に霧散した。

「…………大佐…、」
「鋼の?」

滅多に掛かってくる事のない人からの電話に、ロイが驚いたように書類から目を離した。
一時休憩、と言わんばかりに手に持っていたペンと紙を机に戻して受話器から伝わる声に神経を集中させる。
「…仕事の途中だったか?」
エドワードの声に、違和感が心の中で生まれる。しばらく会っていなかったからとは言え、彼の声の調子を忘れるわけは無い。
――果たして、この少年の声はこれ程までにか細い物だったろうか。

「いや、休憩していた所だ。どうかしたか?」
だが、敢えてそれを指摘せずに質問にいつも通りに答える。
電話越しに小さく息を付く音が聞こえた。
「…なぁ、ロイ。俺の名前、呼んで。」
ロイ、とエドワードが言う。
彼は普段名を呼ぶ時など無い。軍部の者は階級を付けて名を呼ぶし、ロイですら数回しか名を呼ばれたことなど無かった。
今回に限ってそう言うエドワードに、微かな違和感と疑問、そして不安が胸を過ぎった。

「…――エドワード?」
「…………もう、一回。」
「―――エドワード。」
強請られて、再度その名を先程よりもゆっくりとした調子で繰り返すと今度は受話器越しに、大きく息を付く声が聞こえた。
理由が分からず思わず戸惑うような視線を書類に向ける。当然、それに答えが与えられるわけは無い。答えを持つのは電話越しの少年のみだ。

「ゴメン、変なこと言って。」
「それは構わないが、…何があったんだい?」
声の震えが先程より小さくなっている事にとりあえず安堵しながらも、ロイは問う。
エドワードが小さく笑った気配が伝わる。

「…ちょっと、不安だったんだ。でももう、大丈夫だから。」

ありがとう、と御礼まで言われてロイはとりあえずあぁと呟いた。
らしくないその様子に、笑いが漏れたのはエドワード。…もっともその笑いは、泣き出しそうに歪んでいたけれど。

「エドワード。」
「何?」
ロイが名を呼ぶ。それに、信じられないほどの安心感を感じた。




「ならば何故、そんなに泣きそうな声をしているんだい?」


表情など見えるわけも無いのに分かってしまうその人に、言ってごらんと促されて笑顔が固まった。
無理矢理作っていた表情の筋肉の力が徐々に抜けて、我ながら何て情ない顔をしているんだろうと思う。


「……………人を、殺した。」
呟くと、もう歯止めは利かなかった。

「本当はっ、殺したくなんて無かった…っ!殺すつもりなんて、無かったんだ! だってあいつは…、」
あいつは?人ではないホムンクルスで、最強の盾のはずだった?
続くはずだった言葉は、心の中で再度繰り返される。結局は同じなのではないか。彼を殺した事には変わりが無いのだから。
続ける言葉が思いつかず、沈黙が訪れた。
エドワードの顔が、今度こそ泣きそうに歪んだ。

「エドワード。言いたいことは吐き出してしまえ。泣きたいならば、泣きなさい。
 …私が聞くから。」
泣きそうに笑われるよりはそちらの方が、よっぽどましだ。

ロイが諭すように言う言葉が、胸の中にすとんと落ちてきた。
目の奥が熱くなって、のどが可笑しくなったように話せなくなった。
喋りたいのに、口から出るのは意味の無い言葉だけ。

いつの間にか漏れていた涙は、機械鎧に落ちて滴が跡になって流れて行った。









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『兄さん。』
コンコン、といつもより控えめなノックの音。
ほとんど同時にかけられた声に、顔を上げた。遠慮気味に扉が開いた。
『…アル?』
『僕はね、兄さんが本当に大切なんだ。だから、迷惑かもしれないけど
 …これ置いとくね。』
これ、そう言って机の上に置かれたのは電話器。
アルフォンスがしゃがんでコンセントにコードを繋げる。
立ち上がってうっすらと自分を見つめる兄に、正面から見つめて言った。

『兄さんを大切に思う人は、僕以外にも沢山居る。 …勿論あの人も、兄さんを大切に思ってくれてる。
 だから―――、










  信じて話してみよう?  』



















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思いつき、単発、久しぶり。さて、正しい言葉はどれでしょうか。
…相変わらず滅茶苦茶文法。ニホンゴワカリマセン。