昔は、よく兄弟2人で一つのベッドで眠った。 父親の部屋に入り込んで2人して錬金術書を読み耽って、気が付けば夜も遅くなっていて母親に怒られるなんて日常茶飯事といって良い程だった。 食事も風呂も済ませてから、部屋ごもりをしていたから当然体は冷えていて。 いつも通り滑り込んだ部屋のベッドは、とても冷たかった。 でも、そういう時には必ずと言って良い程に、アルフォンスが部屋の扉をノックして来ていた。 2人で寝れば温かいから。そう言って2人で一つのベッドで眠った。 秘密の話をするように、一つのベッドの中で向かい合っているとどちらともなくくすくすと笑い声が漏れて。 心も体も温かくなっていつの間にか2人とも眠っていた。 それは幼い頃の、温かい思い出。 ユートピアとは、贋物のひとつもない社会をいう。あるいは真実のひとつもない社会でもいい。
―――モーア「ユートピア」
その日、エドワードは機嫌が悪かった。 エドワード本人以外は原因を誰も知らない。 そもそも、何かこれと言って原因があったわけではないのだ。 定期報告の為に訪れた東方司令部でエドワードが不機嫌なオーラを撒き散らしながら、闊歩する。 普段の彼を知るものですら近寄れない雰囲気。そうなれば当然、エドワードに絡むような人間も存在せず、色々な意味でエドワードの独断場と成りつつあった。 尤も彼は何かしたというわけではなく、ただ歩いているだけなのだが。 はーっ、と息を大きく吐いて扉の前に立つ。スー、ハー。目を瞑って深呼吸を扉の前で。 それでも扉を開ける気にならなかったから今度は、いち、に、さん。ゆっくりと数を数える。終えると今度こそは、意を決してエドワードは扉を開けた。 「…大佐。」 「漸く来たのかね、鋼の。」 ロイの事だ、扉の前で立ち止まるエドワードの気配くらい察知していると分かっていても面と向かって言われると、なんだか無性に腹立たしい。 キッとロイを睨む。只ならぬ殺気を放つエドワードにロイは何だね?といつも通りの反応。 面白くないと思いつつも、これ以上腹を立たせるよりもさっさと報告を済ませて帰ってしまおう。そう結論付けてエドワードはどかっと椅子に座り込んだ。 「…何だよ。」 じーっと。ロイがエドワードの顔を凝視する。 視線に些か居心地の悪い物を感じながら、睨み返すようにエドワードが問うた。 「…………………。」 「だから、何だよ?」 「………………………………。」 「大佐!?いい加減にっ、」 しろ、そう続くはずの言葉は途中で途切れる。 面前に迫るのは黝い瞳。感情が読み取れないのはいつもの事だが、何だかいつもと違う感じのする瞳にエドワードの顔に浮かぶのは不機嫌を返上してきょとんとした間の抜けた表情。 「…鋼の。寝ているのか?」 そして漸く紡がれた言葉は、エドワードを呆然とさせるには充分だった。 何故面前の上司兼(本人曰く)後見人に健康状態を尋ねられなければならないのだろうか。未だ嘗て一度も経験した事ない、ある意味異常な状況にエドワードは混乱していた。――心の中で。 「…大佐、どっか頭でもぶつけたか?」 「何故そうなる。」 冷静なロイのツッコミにそりゃぁ聞きたくもなるさ。そう言葉を胸に押し込めて取り合えずロイの質問に答えようかとここ最近の生活を振り返った。 確か昨日は、図書館に行って借りれるだけの本を借りて読み耽っていたから、食事を摂るのを忘れてアルに怒られて、それで結局パンを口に押し込められて、それで。 「あー、うん。…あんまり寝てない。」 振り返ってみても睡眠をとったと思われる時間は3時間も満たしていないはずだ。 「それがどうかした?」 「目の下、隈が出来てるぞ。ついでに不機嫌だったのも睡眠不足だからじゃないかね?」 しっかりと不機嫌まで指摘されて、漸く上がり始めていた(と言うか忘れていた)機嫌が再び下がっていく。 「ほっとけ。あんたには関係ないだろ。」 突き放すように言われるその言葉にさして傷ついた様子もなくそれもそうだが。そう返すロイはいつも通りそっけない。が。 「君は少し気張りすぎる。もう少し私を頼ってみようという気はしないかな?」 予想外の言葉にエドワードが再び固まった。 「…本当に大佐、どっかぶつけたのか?」 「ロス少尉に言われたそうじゃないか。『もっと大人を頼れ』と。」 「だから?」 「私もその通りだと思うよ。信頼する事は場合によるが、少なくとも今の君にとっては悪い事ではないように思うよ。」 「つまり、『頼られてみようと思った』?」 「そんなに皮肉に言うこともなかろう。」 溜息を付くロイに常の人の悪さは伺えない。 ぼんやりと、あぁこんな顔する人間なんだなぁと考えた。 エドワードにとってロイは軍人を代表する人間なのだ。一番初めに会ったというのも勿論大きいが、ロイの普段の態度はエドワードを試しているようで、気を抜く事が出来ない相手。 冷酷で自分のためだけに動くような、そんな人間。 でも、もしかすると、それは自分の都合の良い軍人像だったのかもしれない。 利用する為には、自分の行動を正当化する必要がある。少なくとも、国家錬金術師になった当初のエドワードはそうだった。 その為には軍人は良い人であってはいけない。悪人で、冷酷な人間。傷付いたりしない冷たさを伴う関係を築く必要があったのに。 面前の軍人は、それをいつも簡単に打ち破る。 「…優しい夢。」 ぼそりと小さく呟かれたエドワードの言葉を、ロイは聞き逃さなかった。 「夢?」 「そう、夢。オレとアルが居て、まだ母さんが生きてた頃の。」 顔を俯かせているエドワードはロイの表情を見る事ができない。 だが、何の反応もないロイに、間が空くのを恐れるように続ける。 「温かいんだ。アルと2人でベッドにいると2人の体温が温かくて、いつの間にか寝てる。 でも、目が覚めるとオレは機会鎧だし、アルは鎧。…温かいわけないだろ?」 自嘲するように笑うエドワードの笑顔が痛かった。 「眠ると幸せな時の夢。目が覚めると冷たい体。…眠りたくない訳でもなかったけど、眠る気にはなれなかった。」 それが睡眠不足の原因、そう素直に告白するエドワードを見るロイの瞳に写ったのは驚きと、そして哀れみ。 だが、何より哀れまれる事を嫌うエドワードに見られる前に、それは驚きと同時に瞳の奥に押し込まれる。 手を伸ばせば届く距離に居るエドワードが、何故だか遠く感じた。存在が儚いと言うわけではない。それでもただ、エドワードが遠かった。 それを誤魔化すようにロイは腕を伸ばす。 やがて辿り着いた小柄な体を思い切り抱き締めた。 その行為に明白な理由などなかった。 もしかしたら、遠く感じた少年を近くに感じたかっただけなのかもしれないし、本当はもっと短絡的なものだったのかもしれない。 ただ、抱き締めたときに触れた鎧の冷たさがやけに体に伝わってきて。 動揺するエドワードを軽く無視して、ロイは機械の鎧を中心にエドワードを温めるように、抱き締める。 「大佐?」 「私は、温かいか?」 「は?」 「どうだい、エドワード・エルリック。」 名を呼ばれ、宥めるようにぽんぽんと軽く背中を叩くロイに、エドワードが体の力を抜く。 抱き締める人の体温を感じるように、両目の瞼を閉じた。 「…温かいよ。」 「そうか。ならば、良かった。」 穏やかに笑うロイの表情を、エドワードは目を伏せていて見ることは叶わなかったけれど。 だけどその分、言葉が良く聞き取れた。だから、続いたロイの言葉に素直に頷く。 「エドワード。今度そんな夢を見たら、私の所に来ると良い。」 ぬくもりを、君に与えるから。 -------------------- 途中でそこはかとなくエドロイっぽく感じた貴女の感性は非常に正しいです。 まぁ、そんな事は置いておいて。中々難産でした。話が進まないったらありゃしない(汗)無駄に長いのはその為です。 何故にロイが少尉の事を知っているかとか言う野暮な事は聞いてはいけません(黙れ) 2人の偽者具合とか何だか言い訳は沢山したいのですが果てが無いのでこの辺で… ホームページ開設記念と相互記念に約束通りてりあん様に奉げたいと思います。 迷惑でしたら軽く水にでも流して下さい(笑) とにかく、HP開設おめでとうございます!小説が遅くなって申し訳ございませんでした。 |