入院と言うのは本当に暇だ。










あまりに永すぎる休息は苦痛なり。
ホメロス「オデュッセイア」












病院のベットの上で仰向けになって、エドワードは左手を顔の前に翳した。
何をするというわけでもなく手の平を眺める。
蛍光灯が指と指の間で見えるだけで何も楽しくは無かったが、手の外線をなぞるように視線を滑らせた。

(――爪、伸びたな。)

普段さほど意識しない為か、エドワードはよく切り忘れていた爪が割れる。
尤も、そこに至るまではそれなりに暴れているから仕方ないからかもしれないけどな、とぼんやりとエドワードは考えた。

「手がどうかしたのか?」
「うわッ…!?何だ、大佐か。」
気配無く現れた声に、エドワードは驚き、しかし相手がロイと分かって緊張を解いた。
つかつかとエドワードの近くに寄ってくるロイをエドワードは恨めしそうに見上げる。相手の顔がいつもより上の方にあって瞳が更に険しくなった。

「ノックくらいしろよ。」
「扉がないのに?」
からかいの含まれて言葉にはっ、として扉の方を向くと見事に開け放たれている扉、とその陰で小さく手を合わせて謝っているブロッシュ軍曹の姿。
エドワードと目が合った後、病室の扉が静かに閉められた。
何とも言えない気分になってエドワードはちゃっかりとイスに座っていたロイを見上げる。座っていても身長差があるというのは非常に悔しい。

「大佐、何か用でもあったのか?」
「いや、所用でセントラルによびだれてね。ついでに寄ったんだよ。」
「あぁ、上の嫌味攻撃?」
「全く、良くあれだけ言う事が見つかったものだといっそのこと感心してやろうと思ったよ。」

ハァ、と溜息を付くロイにははっ、とエドワードは笑った。
「笑うところじゃない。」
小さく顔をロイが小突く。
「だってさ、大佐が大人しく言われっぱなしって、本当に無能っぽくね?」
言うエドワードにこら、と軽く溜息を落として今度は頭をぽんぽん叩く。

こういう時にエドワードとロイの周りに漂う空気がエドワードは好きだった。
ふわりと体全体を羽で包まれたように、優しくどこか懐かしい空気。
エドワードは心の底から安心できる数少ない空間が、そこには確かにある。
そのままその心地よい場所に身を委ねようかとも思ったが、エドワードはふとロイが来る前に考えていた事を思い出した。

「大佐、凄く突然で悪いんだけどさ、爪きり、持ってない?」
思い付いたら吉日と言わんばかりにエドワードはが問う。エドワードの金髪に触れて戯れていたロイの動きが止まった。
「爪きり…?」
「うん。ほら爪が伸びててさ。」
これこれと、左手をロイの前に出し示すエドワード。
確かに爪が伸びていて、切りたいのも分かるがもう少し場の空気を読んでくれ、とは悲しいかなロイの心中に押し込められた。

「…流石に爪切りは持ってない。」
「だよなぁ、ひょっとしてとか思ったんだけど。」
爪切りを練成してやろうかとも思ったが、なんだかそこまでするのもどうかと思い止まり…第一、病院で錬金術を使うのは気が引けた。

「借りてこようか?」
病院だから爪きりの一つや二つあるだろう。
「いーよ。大佐殿にしてもらう事でもないし。」
上げられていた左手を振って否定の意を示す。
そうかい?と上げに手を当てて何事かを考え出したロイを不思議に見ていたエドワードは、いきなり左手をロイに掴まれて引き寄せられた。

スプリングの効いたベットが小さく音を立てた。
「…いきなり何すんだよ。」
「………温かい。」
「はぁ?」
「子供は体温が高いと知ってはいたが、本当に温かいものだな。」
ちょっと待て、とエドワードが静止の声を上げる。
「大佐の方が体温高いだろうが。」
第一子供と言うのは聞き捨てならなかった。
自分を抱き込んでいるからだから顔を出し、腕を伸ばしてロイの髪を軽く引っ張って、離れるように意思表示する。
ところがそれにロイはよりエドワードをしっかりと抱き込んだ。
どうしようか、そう本気で悩みだしたエドワードの耳に、すーっと静かな音が入ってきた。

これは、もしかしなくても。

「おーい、…おい、大佐?」
恐る恐るエドワードが覗き込んだロイの瞼は閉ざされていて、

「…無能大佐?」

ぼそりと呟かれた禁句にも反応しないロイは、間違いなく、眠っていた。
何なんだ、とエドワードは呆然となった。
だが、抱き合っている体温がとても心地よくなって、ロイと同じように静かに瞳を閉じた。
















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爪切ってねぇっ!!
甘い?甘い??目指したんスけど、やっぱり無い袖は振れてないっすね。ハイ。
冬休みの宿題と検定資料作成からの逃避です。
誰か、私の代わりに資料作成して下さい。