主上がいない。 王宮は上を下への大騒ぎだった。 王宮に不馴れな王が迷子になることはこれまでに何度かあった。その度に台補が見つけ出すのだが、今回は少しばかり様子が違う。 「…王宮内にはいらっしゃらないわ」 王気を感じとることのできる唯一人の人物、台輔・廉麟は、誰よりも先に王がいないことに気付いていた。 王が王宮内を巡り歩くのは近頃では良く見られる事なので、また迷子になっているのだろう程度に考えていたのだが。 よくよく王気を探ってみれば、王宮内にいないことが分かった。 「!?」 そのことを知らされた官たちの反応は。 あきれる者、居場所が掴めたと安堵する者など、様々だった。 しかし大多数は (主上は何をしておられるのだ) と、あからさまに嫌な顔をしていた。 どこかのように、公務以外で王が王宮にいないなどということは普通、一般的に、常識で考えてそうそうあることではない。その上漣は今、内乱を鎮圧した直後であり、あちこちで王の仕事がたまっている。 そんな中フラフラと王宮を空けられて良い顔をできるわけはない。 「ではすぐに迎えを送りましょう」 居場所が分かるなら今すぐにでも連れ戻しに行こうという運びになったのだが。誰が迎えに行くかが問題である。廉麟が行けばはやいのだが、まだまだ国の情勢は不安定。台輔になにかあってはいけないと官が反対する。 どうしたものかとおろおろしている所へ。 「……………………」 びしょ濡れになった王が帰ってきた。 「主上!!」 「あ、いや、なんだか深刻そうな話をしてたから…」 声をかけづらくて、そう言って頭をかく。 そんな王は、官達の冷たい視線になど気付かない。 「主上。早く体を乾かさないと風邪を引いてしまいますよ」 廉麟は王の手を引き、奥の部屋へと入っていった。 * 「主上!いったい何処へ行かれていたのです!!」 「御公務をお忘れですか!?」 官達が口々に投げ掛ける。その様子を廉麟はハラハラしながら見守ることしかできなかった。 いつも、おっとりぼんやりしている王に官達の不満、不安が溜っていたのだ。それが今回のことで一気に吹き出そうとしていた。 「あー、その…」 王が口を開く。ザワついていた官達は険しい顔のまま王へと注目した。 「何処に行ってたかって言われると、畑で、公務を忘れてたわけではないんだけど…」 イタズラがばれて怒られる前の、子供のような苦笑いで。 その様子に官達の不満は高まる。 「何故畑などに!?」 誰ともなく口にした言葉に、王は律儀にも答えた。 「何故って…雨が降ってたから。」 * 「ごめんなさい、廉麟。遅れてしまった仕事、今晩の内に頑張るから…」 ばつが悪そうな顔でぺこりと頭を下げる。王が頭を下げることなどないのだが、その様はなんとも微笑ましくて、廉麟は注意することができなかった。かわりに、つんとした顔をして言った。 「駄目です。夜更かししたらまた明日の朝義に寝坊してしまいますよ。」 う、と王は返す言葉がない。 「それに、今日の分は私が終らせてしまいましたもの」 付け加えられた言葉は、王を泣き出しそうな顔へと変えた。 「あのっ…すみません。迷惑ばかりかけて…」 フフ、と廉麟は吹きだしてしまった。王のあまりの素直さには今更ながら驚かされる。 「主上。顔をお上げになって下さい。」 「?廉麟…」 「私は迷惑だなんて思っていませんから。」 子供を優しくなだめるような笑みで。そう。彼女は王が愛しくて仕方ないのだ。突然どこかへ行かれて心配こそすれ、迷惑だなどとは思わない。 「主上が御政務を苦手なのは解っています。主上は主上の出来る事から国を支えて行けば良いんですよ。」 「俺の…?」 王の顔がほころび始める。 「はい。今日だって、民の所へ直接行って何か教えてらしたのでしょう。」 「うん。」 くすぐったそうな顔で王は元気よく答えた。 「なら良いじゃないですか。それより、雨だと何かあるのですか?」 廉麟は一番気になっていたことを質問した。おそらく王にとって最もうれしいであろう質問。 「あのですね、この季節は…………」 王は嬉々として語ってくれる。 この調子では夜更けまで続きそうだ。この王はきっと明日も朝議に遅れてしまうのだろう。 それでも、 今、話を聞きたいと、明日からもこの王を支えていきたいと思う廉麟だった。 * [サツキの嘆き] 久々に…まともなものが仕上がりましたが… 反省はいつだってあります。。。 書き始めてから半年?近く経ってるのでバラバラな感じがしないでもないですが |