[ 王様は逃げ延びる ]




畝から上半身を起こし、腰を伸ばす。片手には生後一週間の命が握られていた。
生えすぎた葉菜類は、発育の遅いものから間引いていかなければならない。放置しておくと、すべてが駄目になってしまいかねないから。
「主上、」
冢宰の隣には、晴天に似つかわしくない青白い顔の廉麟。
農夫が額の汗を拭い、はいと返事をすれば、たちまち彼は王へと変わった。
「どうか、御慈悲を…。」
「うん。そうだね。」
常時より幾分か真剣な王の顔を、廉麟は見ていなかった。視線は沈み、睫毛が震えていたから。


「…反省、してないですか。」
返ってきたのは、そうする事で玉座の人物を殺せると思っているかのような、冷たい視線だった。磨き上げられた床には唾を吐き捨てる。
「俺は賭けたんだよ。アンタが死ぬか、俺が死ぬかな。さっさと殺せよ。それがお前の仕事じゃねえか」
漣国王様ご愛用の鍬の柄を折った犯人は、完璧に近い愉快犯。
反省の色、無し。
「主上、この者も、きっと、過ちに気づきます。どうか、寛大なお心で」
震える声に王は微笑む。
「台輔に感謝する?」
次は苦笑。温情の言葉をかけられたほうは、汚い者でも見たかのような渋面。
「あっしは一生このままでしょうね。変る気もなけりゃ、変る予定もないってもんよ。」
ケッと、笑い飛ばすだけだ。さすがの王も、眉間に皺がよるものである。そのまま数秒思案してから、冢宰につげた。
「予定通りに。」
「主上!!」
勢いよく顔をあげた台輔の瞳はぼやけた紫。細身のどこから出せるのか、つい疑いたくなるほどの音量だった。王は、拈華微笑で言葉を受け止めている。
「御慈悲をと!申し上げたではありませんか」
「うん。そうだね。」
まったく同じ台詞を返されては、いかに温厚な麒麟でも気分を害さずにいられない。
「天帝が麒麟に王をつけたのは、素晴らしい御慈悲だよ。」


熟れる前の果実を、鋏で丁寧に摘果する。色や大きさはまだ未熟だが、香りだけは一人前のものを持っていた。食べられないそれを、農夫は大事そうに持ち帰る。
その夜風呂には、丸い命が浮かんでいた。




+彼は殺せる王様だと思う。