Hell or Heaven?/1.目に見える秘密 「皆、集まって。」 都選抜の練習前。西園寺監督がメンバーを呼んだ。 それまでいくつかのグループに分かれて談笑していたメンバーは監督の前へとかけよる。 全員平穏を装ってはいるが、これから監督の話すであろう言葉に怯えていた。 あらゆるメディアからの情報が、彼らに知識を与えている。 バトルロワイヤル 選ばれた学校も、優勝者も。数年前からぽつりぽつりと報道されていた。中学生も対象となっていることは知っている。 「お知らせがあります。」 メンバーは皆、静まり返っていた。これから練習だと言うのに、(彼らの大好きなサッカーができると言うのに)浮かない顔。何人かは作ったような笑みをうかべていた。 選ばれたのは西新中 都選抜のメンバーが一人足りない。 -------------------------------------------------------------------------------- Hell or Heaven?/2.過ぎ去りし幸福の思い出 駅のホームで、バカみたいに笑いながら大声で電話している女に、その場にいた全員見覚えがあった。 「あ゛−?はいはい。わかったって。だいたい、こんな街中でどうなるの。…あのねぇ、あそこより危ない場所なんて滅多にないでしょう。…うん。電車来るから、じゃね?」 女は、ハァと盛大なため息をついて携帯電話をしまった。ベンチに座ったまま腕を上げて伸びをするその顔は、ため息と裏腹に笑みを形づくっている。 その笑みを見た上原は女へと駆け寄った。女の胸倉を掴んで揺さぶる。 「お前!何で笑ってんだよ!!」 慌てて駆け寄った桜庭は、女の顔を確認すると一瞬泣き出しそうな顔をしたがその後眉をしかめて女を睨みつけた。 女は胸倉をつかまれ目を丸くしてはいるが慌てた様子もなく、相変わらず笑みに近い表情をしていた。 「おい、二人とも落ち着け。」 後ろから渋沢がなだめにかかった。風祭は心配そうな顔で成り行きを見ている。 「でも・・・っ!」 渋沢を振り返った上原は、その顔を見て女の胸倉から手を離した。 いつでも冷静なキャプテンの顔に浮かんでいたのは紛れもない怒りの感情。勿論、上原に向けられた物ではない。 渋沢は足を踏み出し、上原と代わって女の正面に立った。女は気だるげに渋沢を見上げている。 「、さんですね?」 「まぁ、そうですけど。よくわかったね。」 「あれだけ騒がれれば、嫌でも解るようになりますよ。」 これまでの優勝者はそのほとんどがメディアからの取材を断っている。クラスメイトを殺して英雄扱いされていられるような非凡な人間は滅多にいない。 だが、この女.は非凡な方へと分類される人種だったらしく、新聞、ラジオなどあちこちの取材であの"ゲーム"の事について語っていた。果てはテレビ出演までする始末である。国民のほとんどが一度は顔を見たことがあるはずだ。 「んで、何?"一度お手合わせを"とか言うわけ?」 アハハ、は笑っていた。今までにそんな事を言ってきた輩がいたのだろうか。さも面白げに笑っている。 上原は、その笑みが許せなかった。 「お前がっ!木田を!!」 どこかで一度は聞いたような台詞。昼メロでも月9でも映画でも。使い古された台詞だったが、上原は叫んだ。演技ではなく。まだ心のどこかでは信じきって居なかったそれを、急に現実に感じてしまったから。事実を受け止めた後は、目の前の笑い声に敵意を感じてしまう。 「上原、よせ」 「まぁ、渋キャプ。ウエハラ君に言わせてあげなよ。」 渋沢の声を遮ったのはだった。その意外さがさらに上原を煽る。 「木田、普通の中学生だったんだ!コーヒーブラックで飲んでたって、いくら身長が高くたって!!」 またしても掴みかかろうとした上原を渋沢が止める。それでも上原の口から溢れ出る言葉は止まらない。 「彼女だって居たんだぞ。小さくて言葉がキツイけど可愛い子だって、のろけてたんだ。あの木田が。」 "木田から見れば誰だって小さいだろ" そう言って上原が木田をからかったのはついこの間だ。練習の後や休憩時間には桜庭達とつるんで下らない話をよくした。 「最初木田のこと怖かったって言ったら、顔に似合わず傷ついてたし。試合で俺がミスしても怒ったりせずに励ましてくれた。一緒にサッカーしてたんだ!コーヒー淹れてもらう約束もしてた!」 サッカーが好きで、コーヒーが好きで、背が高い、それ以外はただの中学生だった木田。上原にとっても、他の者にとっても、大事なチームメイトだった。 「なんでっ…!!」 続くはずだった日常を、が変えたのだ。上原の目の前で、相変わらず面白そうに目を丸くしている女が。 駅のホーム。行き交う人々からの視線は気にならなかった。彼らは彼らの日常を過ごしている。好奇の目で見て、そして自分の世界へと帰って行く。の周りだけ、切り取ったように非日常。 「…で、それで?」 が口を開いた。相変わらず笑っている。ただ、その笑みは他人を小馬鹿にしたような笑みだった。 ニヤリ、と不適に笑みを見せるに、一瞬言葉を失う。 「俺だって普通の中学生だったんですけど。」 -------------------------------------------------------------------------------- Hell or Heaven?/XX.永遠より長い一瞬;泣くこともできずにただ否定した 血まみれのセーラー服は脱ぎ捨てた。紺色のキャミソールの下から、ブラジャーのストラップが肩に落ちてきてうざったい。まる3日間近く動きつづけ疲れきった体を引きずって海辺へと向う。残り後二人。私と、彼。 すっかりと手になじんでしまった銃のグリップを握りなおす。もう弾は一発も残ってはいないのだが、短い間に身についた習性だ。 できることならば彼に殺されたかったけど、それはただの我儘。彼に、例え相手が誰であろうと(私という名の殺人犯でも)人殺しをさせるのは嫌だ。 だからどうか、禁止区域―目の前の砂浜のむこうに広がる海まで、この足でと思っていたのに。 人の気配。足音。 振り切るだけの体力は残ってない。例え私の体調が万全であったとしてもよほどのことがない限り彼を振り切ることはできないだろう。私よりも40p近く高い身長。サッカーで都選抜に選ばれるほどのスポーツ少年。何より、私の心は常に彼の元へあろうとするのだから。 足音が近くなる。 振り返るのが怖かった。顔を合わせるのが怖かった。一人目を殺した時よりも怖かった。 好きなのに。 血まみれの自分を、拒絶されるのが怖かった。否定されるのが怖かった。安息の眠りより怖かった。 信じてるのに。 足音が、真後ろで止まる。それでも私は止まれないから。そのまま二歩前へ進むと、後ろからは一歩分の足音が聞こえた。 ああ、コンパスの長さが違う。 この期に及んで逃避気味の思考に囚われたとき、右肩に手が置かれた。予測はしていたのに息が止まりそうになる。胸が苦しい。歯を食いしばって呼吸をした。死にたくないけど、生きているわけにもいかないのに。 「」 肩の手に力がこもって、後方に転びそうになる。左の肩に手が伸びてきて私を支え、くるりと向きを返させた。見えるのは彼の胸、少し汚れたカッターシャツ。 「…圭介……」 顔を見上げて名前を呼んだ。いつも冷静な圭介が、泣きそうな顔をしていた。きっと私も同じ顔をしているのだろう。そう思うと何故か少し嬉しかった。 目と目が合う。圭介が少しかがんで、無言のまま抱きしめられた。どちらからともなくキスをする。二人ともたどたどしく舌を絡めあった。 爪先立ちの、ディープキス。 「……ん」 息が苦しくなって、唇が離れた。どうせ死ぬならこのまま窒息死すればよかったのに。我侭な事を考えながら、圭介とみつめ合う。ずっとこうして居たかった。私がまばたきを三つした後二人の顔が近づいて、もう一度キス。 ばしゃ、と嫌な音がして、赤い血が降り注ぐ。圭介のこめかみに銃創。私の拳銃に弾は残ってない。呆然としていると、アナウンスがあった。 "優勝はさん" 違う、優勝するのは圭介。私の名前が呼ばれていいはずがない。唇は触れたままだったのに。 kill or die.この瞬間が永遠 -------------------------------------------------------------------------------- Hell or Heaven?/3.フギンとムニン 私は笑った。だって、面白すぎる。 笑っている自分が。 「悪いですけど、私も一応オンナノコしてたわけですよ。」 男っぽいとか、女らしくないとか、色々言われていた。一人称も俺だったけど。でも。毎日普通に過ごしていた。 …普通、ではなかったかもしれない。ただそれは良い意味でのことで、アレのようなものじゃなかった。 「朝起きて、飯食って、学校行って。」 ベンチに座ったまま、足をぷらぷらさせながら挙げていく。 何が気に入らないのか、男の子たちは咎めるような目で私を見ている。と言っても、私を見る目のほとんどはそういったものだ。 「友達と遊んで、たまには彼氏とデートして。」 私の日常。私だけの日常。 それが壊れた事を、私以外の誰も知らない。他人の気持ちなんてわからない。 彼らを咎める権利なんてないけど、売られた喧嘩は買わないわけにはいかない。何より、面白いから。 笑っていないといけないから。 私はベンチから立ち上がって、四人の中で一番小さい子の前へと歩いた。やっぱり、私とほとんど身長がかわらない。確認してから一番背の高い子へと向き直る。顔を見て話すには見上げなければいけない。 嫌な気持ちになる。 だから私はもう一度、極上の笑みをうかべた。 |
モドル |