愛しき愚か者/01.微少極少ただのエゴ



食堂にの姿があった。
人間は食事を取る。
となれば、食堂にもお世話になる。
ただここは男子寮の食堂だった。

「何でここにいるんだよ」
「久々に会った台詞がそれか。」
は文句を言う三上とは目を合わせずに、その隣へと座った。
途端にざわついていた他の生徒が静まり返る。しばらくしてまたざわめき始めた。
"三上の…" "三上が…"
好奇の視線が二人に集まっていたが、当人たちが気にした様子は無い。
黙々と食事をとっていた。
「え!さん!?」
静寂を破ったのは藤代誠二。犬っころのように飛んできた。トレーの上のものがこぼれないのは不思議だ。
「ああ、藤代君。6時間目ぶり。」
「誠二で良いよ。その代わりさんって呼んでいい?」
どうして男子寮の食堂にいるのだとか、深く考えない藤代。何のためらいも無くの正面に席を取った。
だけでいいよ。誠二」
藤代はこの言葉に満面の笑みを浮かべた。その頭を大きな握りこぶしが小突く。
「こら、藤代。さんが食べられないだろう。三上も、そんな顔してるとメシがまずくなるぞ。」
武蔵野森サッカー部の母、渋沢は藤代の隣に座りながら注意した。藤代は小突かれた頭を撫でながら、もう片方の手で箸を取る。小さな声で"、ゴメンネ。三上先輩も"とウィンク付でつぶやく。
三上はこの言葉と態度にチッと舌打ちし、湯飲みに残っていたお茶を一気に飲み干した。三上は藤代がに声をかけたときからずっと、藤代を睨みつづけていたのだ。それに対して藤代は、気付いていないかのように振舞って三上をからかっていた。三上としては当然、面白くない。乱暴に湯飲みをトレーにのせて、あさっての方向へと顔を向けた。
「おい、!早く食えよ」
三上は、既に食べ終えている。やはり男子寮の食堂のメニューは、には少し量が多いようだ。コクリと肯いたは、止まっていた箸を動かし始めた。
がほとんど食べ終えた時、それまで行儀よく食事していた渋沢が声をかけた。
さんが三上と付き合っているって言うのは本当だったんだな。」
おそらく言うタイミングを探していたのだろう。肯定的な疑問文。
最後の一口を咀嚼して飲み下したがこたえる。
「それは皆に言われる。そんなに不釣合いだろうか?」
二人とも見目麗しいので、外見上はお似合いであるが、女遊びの激しい三上と、品行方正な。誰もが思いもよらないカップルである。
「いや、そういう意味じゃなくて。あいつの相手は大変だろうと思ってね。」
渋沢の言葉に三上は眉間に皺を寄せた。だからといってこの場の3人の誰が気にするでもないのだが。
は"そうでもない"と返して茶をすすった。
三上が立ち上がってトレーを両手に持ち上げる。自身の分と、の分。
「ほら湯呑み乗せろ」
も立ち上がって、トレーの上に湯呑みを置いた。三上は無言で食器を返却口へと持って行く。も続こうとすると、また渋沢の声がかかった。
さん、」
、でかまわない。こちらも克朗君と呼ばせてもらおう。」
「…わかった。三上と、上手くやっていってくれ。ああ見えて弱い所も多いから。」
「ヘタレだからな」
保護者の言葉を直訳したは一人大きく肯いていた。
「コラ!早く行くぞ」
食堂の出口から三上が叫ぶ。は渋沢と藤代に手を振ってからその場を後にした。


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